なぜ宮内官僚は紀子さまの「イエスマン」なのか? アンチ雅子さま体制は続く


「秋篠宮悠仁くん!」

「秋篠宮悠仁くん」

「ハイ!」

これは、お茶の水女子大付属小学校の卒業式で、悠仁さまが卒業証書を授与されたときの受け答えです。初々しい悠仁さまのご成長の様子がうかがえて心がほころんだ人もきっと多かったことでしょう。

「秋篠宮」という宮号は本当は個人に対して与えられる称号であり、苗字ではありませんが、必要に応じて苗字のように宮号を使うことが皇室でも慣行となっています。

「秋篠宮悠仁くん」と呼ばれて「ハイ!」と元気よく悠仁さまが返事したのもそのためでした。

宮号を苗字として使うケース

苗字として宮号を使うのはあくまで便宜上であって、宮内庁から正式に出される文書などでは秋篠宮という宮号はあくまで秋篠宮さま個人を指す時だけに限られるのが原則ですが、しかし、この原則が変わったと目される出来事が3年前に起こりました。2017年の眞子さま・小室さん婚約内定報道時に宮内庁から発表された秋篠宮ご夫妻の文書です。

本日、天皇陛下のご裁可をいただき,私たちの長女,秋篠宮眞子と小室圭さんとの婚約が内定いたしました。

(中略)

本日は,あくまで婚約が内定したことの発表であり,今後いくつかの行事を経て結婚ということになります。私たち家族は,その日を迎えることを楽しみにしております。

宮内庁ホームページ「文仁親王同妃両殿下御感想」

ご覧の通り、「私たちの長女、秋篠宮眞子」と表記されているのがわかるでしょう。

「秋篠宮眞子」と、宮内庁が正式に出した皇族の声明文書の表現としては異例中の異例の表現がされたことについて、皇室ジャーナリストの山下晋司氏が「『えっ!』と思った」とヤフーニュースに以下のように書いています。

眞子内親王殿下の婚約内定当日、秋篠宮同妃両殿下のご感想が宮内庁から発表された。

「私たちの長女、秋篠宮眞子と小室圭さんとの婚約が内定いたしました」というくだりがある。筆者はこの”秋篠宮眞子”という表記を見て、えっ!と思った。その直後の記者会見でも眞子内親王殿下が「両親が『秋篠宮眞子の父です』、『母です』と自己紹介をしていた」と仰ったので、再度、えっ!

『秋篠宮』というのは、文仁親王殿下(礼宮殿下)が結婚による独立の際、天皇陛下から賜った宮号であり、秋篠宮は文仁親王とイコールである。よって『秋篠宮眞子』だと『文仁親王眞子』ということになる。

皇族には苗字はなく、紀子妃殿下は『秋篠宮紀子』ではなく、正式には文仁親王の妃である紀子殿下ということで『文仁親王妃紀子殿下』となる。(中略)

ただ、学校などで苗字があったほうがいい場合も当然あり、その場合は便宜上『秋篠宮眞子』と呼ばれることはある。ただし、あくまでも便宜上であり、国や皇室の正式な文書では使わない。

山下晋司「『秋篠宮』は苗字か」(2017年9月11日ヤフーニュース)

山下氏も述べるように、宮号を苗字的に使うのは便宜上のことです。

「秋篠宮紀子」と「三笠宮寛仁」

例えば、紀子さまもお茶の水女子大には「秋篠宮紀子」で学生登録し、博士論文も「秋篠宮紀子」で取得しています。

(「秋篠宮紀子」の論文)

また、三笠宮さまの長男・寛仁親王が、独身時代の30代に書いた本は「三笠宮寛仁」として著述しています。

(「三笠宮寛仁」としてのエッセー)

このように便宜上、宮号を苗字のように使うことはあるにはありますが、しかしながら、「秋篠宮悠仁」も「秋篠宮紀子」も「三笠宮寛仁」も、“通称”として便宜的に使われるものであるのです。

「昭憲皇太后」と天皇の裁可

では、なぜ秋篠宮ご夫妻は「私たちの長女,秋篠宮眞子」という表現を正式な声明に使ったのでしょうか。

この件を考えるうえで、参考となる一つの事例があるので紹介したいと思います。

それは、明治天皇の妻、美子皇后に付けられた「昭憲皇太后」の名称に関わる事例です。

言うまでもなく、「皇太后」とは、前天皇の配偶者を指す言葉であり、その死後は「香淳皇后」や「貞明皇后」など、「○○皇后」と諡号が送られるのが正式です。よって、本来であれば諡号として「昭憲皇后」と呼ばれるはずなのに、皆様もきっとご存知かと思いますが、なぜか「昭憲皇太后」が宮内庁でも使用される正式な呼称となっているのです。

(「昭憲皇太后」と記載される宮内庁ホームページ)

なぜ美子皇后は「昭憲皇太后」と呼ばれるのでしょう。これについて、明治神宮のホームページに詳しくこのように説明が書かれています。

明治天皇さまのお后さまなら「皇太后」でなく「皇后」とお呼びするのが正しいのではないかという考え方もございますが、実はこのいきさつについてはたいへん難しい閤題があります。
昭憲さまは(中略)、入内後、美子(はるこ) と称されました。明治元年12月28日御入内まもなく皇后の宣下があり明治天皇さまのお后となられました。大正3年4月11日に崩御されています。同年5月9日に宮内省告示第九号により「昭憲皇太后」のご追号が仰せ出されたのでした。

そして大正4年5月1日には明治神宮の御祭神として内務省告示第三十号により祭神「明治天皇・昭憲皇太后」の祭神名が発表されたのです。
ところがこの御祭神名について有識者の中からこのような声が出てきたのです。
1.両陛下を相並んでお呼びする場合、「天皇皇后両陛下」と称するのであって「天皇皇太后両陛下」とは称さないこと。「皇太后」は天皇の母親の意味であること。よって明治神宮の御祭神は御夫婦であられるから「明治天皇・昭憲皇后」が正しい。
2.亡くなった方にはご生前の時の最高の位でお呼びすることが常例。「皇太后」の称号は「皇后」より下の位になる。だから昭憲さまは生前「皇后」でしたので「昭憲皇后」と称するのが正しいことになる。

明治神宮ホームページ


有識者の意見はとても納得できる常識的なものです。では、なぜ「皇太后」という称号がつけられたのでしょうか。明治神宮ホームページにはこう続きます。

昭憲さまが崩御されたのは大正3年です。すでに明治天皇は崩御され、大正天皇が践詐されたので皇太后となられたのでした。崩御された時はすでに皇太后であらせらたのですが、当時の宮内大臣が昭憲さまのご追号を皇后に改めないで、「昭憲皇太后」とし、そのまま大正天皇に上奏し御裁可となったのです。

同上

つまり、宮内大臣が間違えて上奏し、それを大正天皇が裁可してしまったのが「昭憲皇太后」という称号の原因ということです。

「間違えたのが原因なら修正すればよいのではないか」と普通は考えますが、そこが皇室という特殊な世界と俗世間の違いとなります。

「昭憲皇太后」がそのまま「昭憲皇太后」であったのは、このような理由からでした。


しかし諸事の理由から御祭神名を改めることは出来ませんでした。
その理由として

天皇より御裁可されたものはたとえ間違っていても変えてはならない

があげられています

同上(一部改変)

天皇のご裁可というものは、非常に重要な大切なものです。

つまり、「皇太后」がそのまま残された背景には、“承詔必謹(しょうしょうひっきん)”、すなわち「天皇の詔勅が下ったなら、必ず謹んで承らねばならぬ」というロジックが働いたということになるでしょう。

ちなみに、カトリック教会には“教皇無謬説”といって「ローマ教皇が教皇の座から述べたことは常に正しい」という論理がありますが、日本の“承詔必謹”とやや似ているかもしれません。

「秋篠宮眞子」の真相はこうだった

さて、では翻って、秋篠宮ご夫妻の「私たちの娘、秋篠宮眞子」という言葉を振り返ってみましょう。

この秋篠宮ご夫妻の「私たちの娘、秋篠宮眞子」声明文は当然、発表の前に宮家を担当する宮内庁の宮務課長、宮務主管(部局長級)、宮内庁次長、宮内庁長官にも決裁が回り、最終的にはおそらく天皇陛下(当時)にも送られるでしょう。そこで侍従が天皇にお見せし、「御覧済(ご覧済み)」か「御伺済(お伺い済み)」の印を押したはずです。(※天皇の宮内庁決裁文書はその性質に応じて「お伺いもの」と「ご覧もの」の2種類がある)

ということは、「秋篠宮眞子」という表現も、天皇の決裁が下りたもの同然ということになります。

もう、おわかりでしょう。

つまり、秋篠宮ご夫妻が「秋篠宮眞子」と間違えて書いてしまった文章を、宮内庁の官僚が誰も間違いに気づかぬまま、決裁に回して、最終的に天皇陛下の決裁までいただいてしまったものだから、もはや訂正することができない―――。こういうことではないでしょうか。

上皇陛下(当時天皇)は決裁文書を隈なく見定め、数千件の書類の中から「○○の添付資料が抜けている」と指摘する程の生真面目さだったと伝えられますが、譲位間近の2017年で、しかも身内の“ご覧もの”書類だったので、見逃してしまったということなのかもしれません。

秋篠宮ご夫妻が最初から間違えなければよかっただけの話かもしれませんが、宮務官や宮内庁長官などは、イエスマンでない限り、間違いをそのままスルーしないことがマストでしょう。アンチ雅子さま体制——にならなければよいですね。

天皇や皇族と言えども、些細な間違いはおかす。その間違いをしっかりと糺していける立派な宮内官僚であってほしいですね。

4件のコメント

A宮殿下は中国の皇帝では無いですが……綸言汗の如し……の格言と同じでしょうか?
発言は元には戻らない。
やはり天皇教育を受けていない皇嗣殿下、間違いが続出中、今や修復不可能、抜き差しならず、一宮家にお戻り下さい。

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>一宮家にお戻り下さい

それどころか、さっさと皇籍離脱、臣籍降下してほしい!

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イエスマンなのは、それ相応の見返りがあるからでしょ。それ以外考えられない。

125

「なぜ宮内官僚は紀子さまの「イエスマン」なのか? アンチ雅子さま体制は続く」

上記のタイトルと「秋篠宮眞子」が、どう関係してくるのか、よくわからない。

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