悠仁さま、進学先に異変 美智子さま「愛子とは出来が違う」のご慈愛に、紀子さま“ニッコリ”


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悠仁さま、14歳に

今年9月6日、秋篠宮家の長男・悠仁さまは14歳のお誕生日を迎えられた。現在悠仁さまは中学2年生。通学するお茶の水女子大学附属中学校は新型コロナウイルスの影響により2月下旬から長期に渡り休校が続いていた。悠仁さまはこの間、宮邸で熱心に課題やオンライン授業に取り組まれていたという。

お誕生日に際してのご近影(赤坂御用地にて)

昨年末は、新年における皇室の伝統的な寄植え盆栽「春飾り」の制作に励まれるなど、多彩さを遺憾なく発揮された悠仁さま。今年の春飾りには悠仁さまのお手伝いがなかったものの、関係者によれば「悠仁さまは大変お忙しくあられ、今年は春飾りに携われなかったことを大変残念に思われている」とのことだ。

来年は受験生

ここで、悠仁さまのご経歴を振り返ると、以下の通りとなっている。

  • 2010年4月 お茶の水女子大学附属幼稚園に入園
  • 2013年4月 お茶の水女子大学附属小学校へご入学
  • 2019年4月 お茶の水女子大学附属中学校に入学

ちなみに、悠仁さまの同校附属幼稚園へのご入園を巡っては、「皇族への特別待遇ではないか」と少々物議を醸した経緯がある。

「紀子さまは日本学術振興会が設けた制度を利用して、2009年から『名誉特別研究員』として同大学で研究活動を開始されました。悠仁さまは、同大学が独自に創設した、“女性研究者を支援するための特別入園制度”で同校への入園の道を開かれたのですが、この制度を利用したのは現在でも悠仁さまのみとなっており、同校関係者からは『悠仁さまのために作られた特別制度だ』との不満も上がっていたとか」(皇室ジャーナリスト)

ただ、ある秋篠宮家の関係者はこう反論する。

「昔は、皇族はお受験とは無縁でした。皇族はみな、学習院大学附属に初等科から学ばれ、小中高大と、内部進学さるのが伝統であったためです。しかしここ数年でその伝統も変わりつつあります。

例えば、秋篠宮家の長女・眞子さまは2009年11月、国際基督教大学のAO入試に合格、4年間教養学部で学ばれ、2014年にご卒業されました。

妹の佳子さまも1度学習院大学の新設学部だった文学部教育学科に進まれたものの、2年次の8月末に退学。翌年に眞子さまと同じくAO入試を経てICUに転入されています。

また、高円宮家の長女・承子さまは早稲田大学を、三女の守谷絢子さんは城西国際大学をご卒業と、皇室の進学先も多様化が進んでいます。

秋篠宮ご夫妻は、皇族も小さいうちから自由に学校を選ぶ権利があるとのお考えをお持ちです。皇室に新しい風を吹き込もうと、先陣を切って学習院幼稚園にとらわれない道を探られただけであり、悠仁さまのご入園を叶えるために、紀子さまがお茶の水側に強く迫られたなどという事実はございません!」(秋篠宮家の職員)

悠仁さまのご進学先はあの超名門

紆余曲折がありつつも、来年は受験生となり、2022年4月には高校生となられる悠仁さま。悠仁さまのご進学先がどこになるのかは、ここ数年国民の大きな関心事となっている。注目の進学先について、ある学習院関係者はこう話す。

「進学先は、筑波大学附属高校となる可能性が濃厚だそうです。我が校でも引き続き、両殿下にご説明の機会をいただこうと打診しておりますが、長期間ご接見が叶っていないとかで、学長も肩を落としています。

筑波大学附属とお茶の水附属の間では、2018年度から提携校進学制度が設置され、通常の入学試験を経ずとも学校間での進学が可能となっています。この制度は“ひとまず5年間実施”と最初に取り決めが交わされており、悠仁さまの高校進学時にも有効となっています。おそらくこの制度を利用されて…ということでしょう」(学習院関係者)

この制度に関する両校のコメントは以下の通り。

国立大学法人筑波大学と国立大学法人お茶の水女子大学は両大学間の連携及び研究に関する協定に基づき、両大学附属学校間においてもお互いの機能強化の一層の充実を図るための連携協力の一環として、提携校進学制度を設置することとしました。

特定の生徒のための制度ではありません。

募集人員については平成29年9月に配布予定の平成30年度生徒募集要項に記載する事項となっておりますが、現時点では昨年度と同様の募集人員を予定しております。

この提携校進学は、両大学間の協定の期間を踏まえ、まずは5年間実施する予定としています

筑波大学とお茶の水女子大学との大学間、大学附属学校間連携について 両校からのコメント(平成28年9月1日)

この件について、皇室ジャーナリストの佐藤公子氏はこう話す。

「仮にこれが事実であれば、かなりの勉強量を積んできた精鋭の学生たちが、悠仁さまのご入学の経緯をどう考えられるでしょうか? 紀子さまが関係する先々に、こういった特例が生まれるのも…。紀子さまは、雅子さまへの強い羨望と対抗心から、こういった嗜好をお持ちになったのでしょう。

雅子さまはハーバード大学をご卒業後、東大に入学されたものの、超難関である外交官に一発合格され、しかも陛下の熱烈なプロポーズを受けて入内をされています。

紀子さまとは全く別の経歴をお持ちで、雅子さまに強く憧れられるのも無理はありません。紀子さまは、悠仁さまにだけは雅子さまに勝ってほしい…そのような思いを抱かれているのではないでしょうか? 日頃から何かとご優秀である愛子さまが、学習院大学進学という皇女として完璧な王道を選ばれたものの、紀子さまの雅子さまへの対抗心は燃え盛り続けているのかもしれません」(佐藤公子氏)

また、ある仙洞仮御所関係者はこう話す。

「悠仁さまのお誕生日に際し、美智子さまと紀子さまはお電話でのやり取りを交わされました。美智子さまは『悠仁は公務も学業もこなし大変優秀』との賛辞を送られたそうです。上皇后の愛のあるお言葉に、紀子さまも思わずニッコリなさったことでしょう。

日頃から美智子さまは『愛子は控えめ。悠仁とは大違いです』と、秋篠宮家の方々の強かさや上昇志向を評価されています。美智子さまの応援を受けて、紀子さまもますます教育熱を燃やされているのではないでしょうか」(仙洞仮御所付き職員)

5件のコメント

>日頃から美智子さまは『愛子は控えめ。悠仁とは大違いです』と、秋篠宮家の方々の強かさや上昇志向を評価されています

その成果が、剽窃作文、成績低迷・赤点報道、それにトンボ論文でもギフトオーサー疑惑なのですね。

春飾りも大層立派な出来栄えでした。
実物大三色信号機は、昭和レトロ博物館があれば 即 人気展示物になるでしょう。
その他、蜻蛉の標本、田舎屋、江戸城模型、、どれもこれも昭和生まれの天才秀才軍団の作品⁉️

悠仁様って 令和生まれですよね。
遺伝子上のお父上が、昭和生まれ⁉️

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2017年8月27日付の讀賣新聞・日曜版の記事にもあった「悠仁」の漢字が書けない11歳。

皇室ダイアリーNo.417のタイトルは、『悠仁さま/伝統の筆づくりを知る』。
秋篠宮夫妻と悠仁さまは同月中旬、数日間かけて滋賀県湖西地方を巡ったといい、紹介されているのは高島市内の筆工房を見学したときの様子だ。
世間の注目が集まったのは、この記事の最後の6行。“悠仁さまはヤギやウマの毛を整える作業をのぞき込まれていた。巻筆を手に取ると、「悠」の字はまだ難しいので「仁」と試し書きされたという”とある。
9月6日が誕生日の悠仁さまは、その時点で間もなく11歳の誕生日を迎える小学校5年生だった。それで「悠」の字が書けないとは…と話題になってしまったそうだ。

文部科学省が定めている、小学校で教わる漢字では、小5は、かなり難しい漢字を覚えなければならない学年である。

悠仁さまは、盗用疑惑にさらされているものの、作文は栄えある佳作を受賞し、無試験で超進学校の筑附に合格した。

そして国民は「小5で自分の名前を漢字で書けなかった子がなぜ作文で佳作を? なぜ筑附に?」と騒ぎ出した。
悠仁さまに関する眠らせておくべきパンドラの箱は開きっぱなし⁉️
底が見えないズルや不正の数々。

いつもやっていて当たり前だから何とも思わない菊のカーテンの奥のひとひと。

そこに入り込んだコムロ母子が、録音レコーダーや写真に「当たり前」を記録保存して、今も尚 脅かされ「当たり前」になった非常識や不祥事を隠蔽しようとしている宮内庁❗️

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日本はアジアの他の国に先駆けて近代化と民主化を成功させたと一定評価されている国であるし、外交面でもその認識に基づいて行動することが求められている。

民主化を遂げる過程で、民主主義の考え方や基盤となる価値観について話し合いがなされるのはまだまだこれからです。

雅子様が仰ってくださった、国民の一人一人がかけがえのない大切な存在。とのお言葉は、これからの日本の国作りにとって大切なお言葉です。

美智子さんに気に入られてさえいれば全て良し、と国税を無尽蔵に使ってフェイクや不正を重ね、外交でも悪評しかない宮家は廃嫡一択でお願いします。

  

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